「表現の自由」は無制限なのか

フランスの新聞社襲撃事件で死者が出た。

西欧諸国や日本政府、それにマスコミ各社はこぞって
「表現の自由」に対する挑戦であるという。

当該のフランス新聞社記事がどのようなものだったか
詳しくは知らないがイスラム教に対しかなり刺激的表現であった
ことは確からしい。

似た事例として北朝鮮 金主席を暗殺するという映画に関する
騒動がある。
このときも表現の自由に対する 云々の議論が起こった。

翻って考えるに、あれが金主席ではなく中国の習主席を対象にした
映画だったらどうしたろう。
しかもそれがアメリカ映画ではなく日本の映画だったとしたら・・・・・。

そう想像してみた時、日本政府は映画の企画段階で制作中止の
工作に入るのではないか。
それは明らかに「表現の自由」に反することだ。
その時マスコミは「表現の自由」を蹂躙するものだと言い張るだろうか。
(過去、何らかの圧力で制作中止に至った映画はたくさんある)

先の総選挙で自民党が選挙報道は公平を期すようマスコミに
注文(要望だったか)をつけた。
あれは「表現の自由」に対する注文とは言わないのか。

ヘイトスピーチは人種差別だ、という見方がある一方
あれも「表現の自由」という考えもある。

国やマスコミは「表現の自由」に対しご都合主義的で
その場その場で意見が変わるように見える。
「表現の自由」に限界がないとするならそれはそれで
恐ろしいことである。

もし天皇をお茶ら化した記事やTV番組があったら
大騒ぎになると思うがいかがなものか。

「表現の自由」にも節度というものがあると思うのだが
年寄りの繰り言か。

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